世界の三聖人と呼ばれ、
ノーベル賞に4度ノミネートされた日本人…
…と聞いて、
誰のことかわかりますか?
戦前、世界の三聖人と呼ばれたのは
「カガワ、ガンジー、シュバイツァー」。
インド独立に尽力したガンジー、
アフリカの人々のために尽くした
シュバイツァー博士については
子どもの頃から偉人伝を読んだり、
それ以降も名前を耳にしたことが
あるでしょう。
でも、カガワって誰。
日本人…?
そう、ガンジーやシュバイツァーに並ぶ
聖人と見なされ、
ノーベル賞文学賞、平和賞候補に
計4度も上がった日本人が、
日本国内では知られていないのです。
その人の名は、賀川豊彦。
1888年(明治中期)に生まれ、
1960年の高度成長期に亡くなります。
「友愛、互助、平和」を求めて
活動をし、
生活協同組合、いわゆる生協の
設立者としては知られています。
神戸生まれ、徳島は鳴門育ち。
父は神戸で海運業を営み、
一方で自由民権運動家でも
ありました。
4歳で両親を亡くして
父の実家に引き取られるのですが、
母は正妻ではなかったため、
辛い少年時代を送っています。
それでも勉学に励み、中学に進み
(当時中学に進めるのは
恵まれた家庭の子女のみ)
また、キリスト教とも出会います。
人生が良い方向に向かい始めた頃、
父の事業を継いだ兄が失敗して
家は倒産、
それでも家庭教師をして
明治学院大学高等部に進学します。
しかし豊彦はそこで結核を発症して
死線を彷徨うことになります。
教会の牧師の看病で一命を取り留めた
豊彦は神戸神学校に入学し、
21歳の時にスラム街に移り住んで
貧しい人々の救済活動に
専念するのです。
その時に生涯の伴侶となるハルと
出会い、2人は救済活動に励み、
スラム街の聖者、と呼ばれるように
なるのですが…。
スラム街の人々の中には
豊彦にただ助けてもらおうとするだけの
人々も、
彼の懐を狙うだけの人々も
少なくなく、
彼はただ与えるだけでは
状況は変わらないことを痛感し、
学びを得るために渡米します。
当時のアメリカでは
労働者が権利を求めて組合を作り、
デモをし、自分たちの生活を
自分たち自身で守り、作っていく
活動が行われていました。
「根本的な解決には社会の
仕組みづくりが必要だ」
豊彦はプリンストン神学校へ、
ハルも国内の女子神学校で学びます。
帰国した豊彦はハルとともに
無料診療所を開設、
さらに人々が協同して
生活を守り合う消費組合、
のちの生活協同組合を創設します。
救貧から防貧へ。
大正デモクラシーの先頭にも立ちます。
労働組合の設立にも尽力しますが、
徐々に力によろうとするメンバーと
対立し、
農民運動に活動拠点を移すことに
なります。
そのころ、関東大震災が発生。
豊彦はいち早く駆けつけ、
西日本をまわって義援金を集め、
被災者のためにテントを張り、
妊婦を保護し、心のケアや無料診断、
子どもたちにミルクを配るなど
不眠不休で救援活動を行います。
翌年より欧米に招かれて講演をし、
海外でカガワの名は広まっていきます。
ただ、日本の空気は徐々に
ファシズムに傾いていき、
豊彦の活動は制限されることに
なるのです。
豊彦の願い虚しく日米開戦、
終戦後はいち早く平和運動に
取り組みます。
マッカーサーからも意見を求められ、
内閣参与を務め
世界連邦国家運動を始めるのです。
(NGOとして現在も活動中)
著作も300冊を超え、
ベストセラーとなったものも
あります。
このような活動が評価され、
ノーベル文学賞、平和賞の候補に
4度推され、
ユニセフの「子どもの最善の利益を
守るリーダー」のひとりにも
選出されています。
21歳で貧しい人々の救済に
生涯を捧げると決めた豊彦は、
50年間走り続け、
71歳で生涯を閉じます。
世界で高く評価されている
賀川豊彦の名が国内であまり
知られていないのはなぜなのでしょうか。
戦時中も平和を訴え続けたからなのか、
労働者や農民、女性の権利を
守るための運動に尽力していたからなのか、
内閣参与をも務めながら
その後日本社会党の設立に
関わったからなのか。
それでも、今でも海を越えれば
彼の名は知られていると言われています。
賀川豊彦、彼がいなければ
労働組合に農民運動、
医療組合に平和運動、
共済組合は立ち遅れ、
日本の庶民の権利は認められて
いなかったかもしれないのです。
自らの信念に基づいて行動し、
多くの人々を救った賀川豊彦、
その存在を知っておくことだけでも
しておきたい、
そう感じるのです。
”忘れられた巨人”それが、賀川豊彦。
著書とともに、多くの言葉を
残しています。
「世界に平和を」
「世界の平和がなければ、
本当の人の幸せは望めない」
「人間は反抗や暴力によっては救われ得ない。暴力は永久に合理化されえないものである」
「愛のみが人間に進むべき道を
与えるのであって、
正しい社会秩序を創造することが
できるのである」
「愛はわたしの一切である」



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